第1回受賞者発表

~11月14日は「世界糖尿病デー」~
インスリン治療を50年以上継続している糖尿病患者さんを表彰

今年2003年が、米国リリー社による世界初のインスリン製剤の発売以来80周年になるのを記念して、インスリン療法を開始されて50年以上になる糖尿病患者さんを表彰する「リリー インスリン50年賞」の日本での募集を開始いたしました。この賞は米国リリー社が1974年に設立したもので、これまでに約1,500名の患者さんが受賞されています。

第1回となる今年度は、3名の患者さんの「リリー インスリン50年賞」の受賞が決定し、11月17日、東京都内にて表彰式を行い、ご本人のお名前を刻印した特製メダル(純銀製)が贈呈されました。

受賞者の皆さんが治療を始められた頃は、インスリンは動物由来で、現在のような簡便な注入器や血糖測定器もなく、患者さんによる自己注射も認められていませんでした。インスリンの技術発展をご自身の経験として感じ、治療面・心理面において様々な工夫をされ、50年という長い年月を糖尿病とともに歩んでいらっしゃった受賞者の方々をご紹介します。

第1回「リリーインスリン50年賞」受賞者プロフィール

白水様
(発症当時、19歳)

白水様ご夫妻(現在)

白水 正明(しろうず まさあき)様
1933年生まれ 福岡県福岡市在住

1953年(当時19歳)に1型糖尿病を発症し、糖尿病は「不治の病」という以外にはほとんど情報がない中、インスリン治療を開始。退院後、建築技術者の職に復帰。1963年、肺結核にかかっていることが判明。糖尿病の主治医の協力で血糖値をコントロールしながら、肺切除術に成功。退院後、元の職場に復帰する。現在、奥様と二人暮らしで、ビデオ鑑賞・音楽鑑賞を楽しむ。

糖尿病をもった日々の生活のコツ

食事はごく薄味で素材の味を生かした料理を、家族全員でとってきました。ほとんど塩・しょうゆは使いませんし、砂糖は一切使っていません。家族の協力があってこそ今までやってこれたと思います。食べたいものを我慢するのは本当に難しいです。私の場合、これを食べたら毒になる、くらいに思わないとできませんでした。血糖値は1日3回計っています。毎日のインスリン注射は、「近眼だから眼鏡をかける」くらいの感覚ですね。

この50年の変化について

私が発症した当時に比べると、糖尿病に関する情報は本当に豊富になりましたね。私は昭和53年頃に病院の検査で眼底出血を指摘されたのですが、当時の私には一体それが何を意味するのかわからなかったくらいです。その後徐々に視力が落ちていったのですが、下の息子が就職するまではがんばろうと思い、家内に支えてもらいながら、視力がかなり落ちた状態で数年仕事を続けました。会社には糖尿病のことを隠していたんですよ。昭和57年に視力を失ったのですが、その数年後に眼の手術方法ができました。もう少し早かったら、私の眼も助かったんでしょうね。

糖尿病の患者さんへのメッセージ

糖尿病を持って生きるのは、日々、自分との闘いだと思います。私の場合、何度か道をはずれてしまいそうになったことがありましたが、家族の支えで今までやってくることができました。今は感謝の気持ちでいっぱいです。


向井様
(発症時、17歳)

向井様(現在)

向井 孝子(むかい たかこ)様
1936年生まれ 埼玉県川越市在住

1953年(当時17歳)に1型糖尿病を発症し、「余命10年」と宣告されインスリン治療を開始。糖尿病に関する情報が少ない中、主治医の指示をひたすら守って血糖コントロールを行う。二人のお子さんを出産(東京女子医科大学で初めての糖尿病妊婦による出産ケース)。子育てをしながら、PTA会長等の地域活動に積極的にたずさわってきた。海外旅行にも20回以上出かける。油絵にも挑戦中。

糖尿病をもった日々の生活のコツ

私は主婦ですので、自分の分を取り分けてから、家族の分に味付けするようにしていました。私自身はほとんど味付けのしていないものを食べています。運動は特にしていませんが、家事をする時に工夫して身体をできるだけ動かすようにはしています。

この50年の変化について

当時は血糖をはかるのにも随分時間がかかり、数ヶ月に一度病院に行って検査をしてもらうという感じでした。注射も煮沸消毒が面倒だったし、針も太くて痛かった。当時から考えると、今は本当に楽になりました。また、糖尿病についての情報も豊富にあるから、自分次第で管理できるようになりましたね。

糖尿病の患者さんへのメッセージ

糖尿病は治らない病気だけれど、自分の管理次第で何でもできます。自分が主役だという気持ちで、何でもしたいことをするべきですよ。
私は診断当初に「若いのにそんな贅沢病になったの」と言われたのがとてもショックで、また子供に遺伝するという人もいたので、自分の糖尿病のことは親戚や友人に一切隠してきました。これはとても辛かったです。
糖尿病への偏見や理解の低さはまだまだありますが、隠し続けるのも相当のエネルギーが必要です。また、公表するのも勇気がいります。ご自分らしく生き生きと活躍できるように、一番良い方法を選んでください。


林様
(発症時、12歳)

林様ご夫妻
(現在)

林 良春(はやし よしはる)様
1941年生まれ 兵庫県姫路市在住

1953年(当時12歳)に1型糖尿病を発症し、インスリン治療を開始。親元を離れ、糖尿病を診ることができる医師のいる病院に約5年間入院し、病院から学校に通う。その後地元に戻り、在宅注射で治療を継続。家業の建設業を継ぎ、経営者としても活躍。現在息子さんに家業を引き継ぎつつ、趣味の果樹園づくりにも精を出す。

糖尿病をもった日々の生活のコツ

毎日のことだから、気持ちの持ち方が大切だと思います。私の場合、自分で目標を持って、それを達成したいから糖尿病を管理するという感じでやってきました。インスリンを始めてちょうど35年くらいたった時に、当時の主治医から、アメリカではインスリン治療継続50年を表彰する賞があると聞きましたので、50年賞も一つの目標にしていました。
食事は妻が薄味のものを工夫して出してくれています。食べることは好きなので、甘いものも少量食べたりします。

この50年の変化について

当時は糖尿病の患者さんが少なかったですね。入院していた病院でも大人の糖尿病患者が2,3人、子供では私1人でした。当時はインスリン注射のために、親元を離れて入院しないといけなかったんです。

糖尿病の患者さんへのメッセージ

私は色んなことに挑戦するのが好きで、病気になんか負けてられないという気持ちでした。私は友人と出かけることが多いですが、友人には糖尿病のこと、特に低血糖のことを伝えてあります。万が一の時に助けてもらう必要がありますからね。そんな周りの助けがあったから今まで生きてこられたと思います。
まず自分のしたいことや目標を持つこと、そして周りの協力を得ることが大切だと思います。周りに病気のことを話すのには勇気が必要ですけれどね。