第2回受賞者発表

~11月14日は「世界糖尿病デー」~
インスリン治療を50年以上継続している糖尿病患者さんを表彰

インスリン療法を開始されて50年以上になる糖尿病患者さんを表彰する「リリー インスリン50年賞」は米国リリー社が1974年に設立したもので、これまでに米国を中心に約1,500名の患者さんが受賞されています。世界初のインスリン製剤が発売されて80周年を記念して、昨年より日本での募集・表彰を開始いたしました。

第2回となる今年度は、3名の患者さんの「リリー インスリン50年賞」の受賞が決定し、11月12日、都内で第2回「リリー インスリン50年賞」の表彰式を行い、ご本人のお名前を刻印した特製メダル(純銀製)が贈呈されました。

受賞者の皆さんが治療を始められた頃は、インスリンは動物由来で、現在のような簡便な注入器や血糖測定器もなく、患者さんによる自己注射も認められていませんでした。インスリン療法の技術発展をご自身の経験として感じ、治療面・心理面において様々な工夫をされ、50年という長い年月を糖尿病とともに歩んでいらっしゃった第2回「リリー インスリン50年賞」受賞者の方々をご紹介します。

第2回「リリーインスリン50年賞」受賞者プロフィール

中山 恒明(なかやま こうめい)様
1910年生まれ 東京都在住

千葉大学医学部第ニ外科教授として活躍中であった1954年(当時44歳)、2型糖尿病の診断を受ける。当時、食道癌・胃癌の世界的権威として有名であり、多忙を極めた生活の中では食事療法が難しいため、初めからインスリン治療に踏み切る。インスリン治療で血糖をコントロールしながら、大学教授としての教育、研究、診療の他に、多数の手術、国内外の学会活動、諸外国での講演・手術と、精力的な活動を続けた。1965年、東京女子医科大学消化器病センターを設立、初代所長に就任。1976年退任。(同大学消化器病センター名誉所長)

受賞コメント

働き盛りの40代半ばで糖尿病を発症しましたが、インスリン治療で血糖のコントロールができたおかげで、それまで通りに数多くの手術もこなし心身ともに厳しい外科医としての職務を全うでき、94歳を迎えました。誰でも糖尿病になる可能性がある今の時代ですが、糖尿病になっても適切な治療をすれば幸せな人生を過ごすことができます。白寿を目標にこれからの日々を大切に過ごしていきたいと思います。


内海 静江(うつみ しずえ)様
1923年生まれ 群馬県在住

1953年(当時30歳)に1型糖尿病を発症し、インスリン治療を開始。二児の育児と家事に忙しい主婦生活の中で血糖コントロールに努力し、三女を出産する(群馬大学で初めての糖尿病妊婦による出産ケース)。糖尿病治療に積極的に取り組み、現在の群馬大学医学部第二内科の糖尿病患者会「みやま会」の先駆である「三山会」を主要メンバーとして発足、糖尿病料理教室などの企画運営にたずさわった。目に障害を持ちながらも琴城流大正琴名取を取得、現在も音楽を楽しむ。

受賞コメント

発症当時は糖尿病の情報は少なく、先生の言われることをひたすら守っていました。当時のインスリン注射器の針は太く煮沸消毒も必要で、小さな子供を育てながらの血糖コントロールは大変でしたが、自分のため、家族のためとがんばりました。病気を通して出会った友人達と患者会を発足し、先生や栄養士さんのご協力を得ながら、正しい知識を身につけるよう勉強しました。お陰様で大きな合併症も出ず、今日まで元気に過ごせたことに心から感謝しています。


山田 マサエ(やまだ まさえ)様
1928年生まれ 栃木県在住

1952年(当時24歳)に1型糖尿病を発症、インスリン治療を開始。上京して縫製所で工員として働くも健康を害し入院される等辛い時期を乗り越え、体力を取り戻し再度就職する。その後結婚し一児をもうける。仕事を持ちながら、育児、家事、そして血糖コントロールを行い、70歳まで勤める。現在は家庭菜園で四季おりおりの野菜作りを楽しむ。

受賞コメント

糖尿病を発症した頃、初めて聞く病名とインスリン注射を一生打たなければならないということの驚きと不安で眠れなかったことを思い出します。野菜中心の食事をとること、身体を動かすことに気をつけて、時々低血糖を起こすことはありましたが、70歳まで働くことができました。今日まで生きて来られたこと、暖かく見守り支えてくださった先生方、家族に感謝しています。