第11回受賞者発表

~11月14日は「世界糖尿病デー」~
インスリン治療を50年以上継続している糖尿病患者さんを表彰して11周年
第11回「リリー インスリン50年賞」受賞者発表

日本イーライリリー株式会社(本社:兵庫県神戸市、社長:アルフォンゾ・G・ズルエッタ)は、インスリン治療を50年以上継続されている糖尿病患者さんに敬意を払い表彰する 第11回「リリー インスリン50年賞」の表彰式を11月5日(火)に開催しました。

第11回となる本年は、男性4名、女性11名の合計15 名の方が受賞されました。そのうちの9名が表彰式に参加、50年以上にわたるみちのりを振り返りながら、家族や主治医などへの感謝や他の糖尿病患者さんへの励ましのメッセージを力強くお話されました。受賞者の皆様には、ご本人のお名前を刻印した特製メダル(純銀製)と、世界糖尿病デーのシンボルカラーである青いバラが贈られました。

表彰式のご挨拶で、東京慈恵会医科大学名誉教授 田嶼尚子先生は、受賞者の方々に祝辞を述べられるとともに、「インスリン治療を始めてから50年間糖尿病とともに歩んでこられた方々に深い敬意を表します。患者さんに寄り添ってまいりました医療者側として、たくさんの方々がインスリン治療開始後50年を迎えられたことを心よりうれしく思います。イーライリリーは、この50年賞の表彰など、治療薬の提供以外に患者さんを励ます活動や患者さんの役に立つ情報の提供に積極的に取り組んできており、患者さんにとっても医療者にとっても心強いパートナーです。」と述べられました。

「リリー インスリン50年賞」は、インスリン治療を50年以上継続されている糖尿病患者さんの長年のご努力を称えることを目的に、1974年に米国で始まりました。イーライリリーは、受賞された患者さん方がインスリン治療を継続する全ての糖尿病患者さんに勇気と希望を与え、治療に前向きに取り組む上での目標となることを願っています。これまでに米国を中心に1500名以上の患者さんが受賞しており、日本でも2003年の表彰開始以来、第11回を迎えた本年度で66 名の患者さんが受賞されました。

※ 写真に写っているのは、プレスへの情報公開をご了承いただいた受賞者様になります。

第11回「リリーインスリン50年賞」受賞者プロフィール

* 50音順になっております
* 青木様、上澤様、近藤様、佐藤様、西浦様、和田様は授賞式にご参加いただきました
* 溝口うめ様は残念ながらお越しになれませんでしたが、代理として溝口久義様と溝口正己様にご参加いただきました
* 他の8名の受賞者については、ご本人の希望により情報を公開しておりません

青木 正子 様
1935年生まれ/ 長野県在住/ インスリン治療歴52年/ 1型糖尿病


「糖尿病と生きていくためには、笑顔を忘れず、今を精一杯楽しむことがたいせつ」

26歳で発症し、インスリンとの付き合いはかれこれ52年になります。「あなたの病気は一生インスリン注射を続けなければいけない」と医師に宣告された時、そのショックはあまりに大きく、一生治ることの無い不治の病と知った時は、結婚や出産を諦め、あまりの悲しさに死ぬことも考えました。それでも、主治医や看護師、家族の暖かい励ましに支えられ生きる決意をし、仕事に青春を捧げ、インスリン治療を続けながら60歳の定年まで元気に働き続けることができました。仕事に青春を懸けひたすら没頭することは、自分が糖尿病患者であることを忘れさせてくれました。仕事のおかげで日々の生活にリズムができて、インスリンの治療のコントロールもよくなりました。会社の仲間の理解とサポートは、大きな励みとなりました。
社長と食べた長野のおいしいハンバーグの味は忘れられません。社長には私の身体のことを気遣っていただき、感謝しきれません。現在は、趣味の華道、藤工芸、車いすダンスでたくさんの仲間と交流しながら、充実した「今」を精一杯楽しんでいます。

上澤 佳乃 様
1959年生まれ/ 東京都在住/ インスリン治療歴50年/ 1型糖尿病


「糖尿病は一生の友。常に体と相談しながら歩むことが治療を続ける秘訣」

糖尿病と診断されたのは、3歳の時。食欲旺盛にも関わらず、ガリガリに痩せ始めたため、 町の医院を受診しましたが、どの病院でも診断結果は「風邪」。納得のいかなかった両親が知り合いの伝手で、東京女子医大で受診したところ、「一刻の猶予もない、若年性糖尿病」と診断され、即入院。その日からインスリン治療が始まりました。退院後は母が大根を腕や太腿に見立てて、注射の練習をしてくれました。そんな両親の支えがあったからこそ今の自分がある、と両親には感謝してもしきれません。その後は、栄養士の資格を取り、現在は食品コンサルタントの職に就いています。糖尿病に理解のある職場にも恵まれ、また16年ほど前からはバンドを組んで音楽を楽しむなど充実した日々を送っています。今まで、糖尿病に負けないぞという気持ちになったことはなく、常に体と相談しながら、糖尿病を一生の友として歩むことができたから、インスリン治療を50年続けることができたのだと思います。

近藤 啓子 様
1949年生まれ/ 福井県在住/ インスリン治療歴51年/ 1型糖尿病


「周囲への感謝。自分の経験を現在も治療をがんばっている方の励ましに」

糖尿病と診断されたのは、中学1年生の時。幼い頃に両親を亡くしていたため、祖母と二人で暮らしていました。糖尿病だと診断され、3ヶ月入院して食事療法を行いましたがうまくいかず、入退院を繰り返していました。遠足や修学旅行は行けなかったことがとてもさみしかったのを覚えています。そんな私を支えてくれたのが一緒に暮らしていた祖母でした。日々の食事も自分に合わせてくれたことを今でも大変感謝しています。その後、結婚、子供にも恵まれ、「子供が1人前になるまでは絶対に頑張る」という思いと周囲のサポートが50年のインスリン治療の励みとなりました。自分の経験が現在も治療を続ける方の励ましとなればと思い、糖尿病協会の活動にも積極的に参加しています。

佐藤 正明 様
1934年生まれ/ 千葉県在住/ インスリン治療歴50年/ 1型糖尿病


「『克己息災』 ~ 会社の同僚や仲間の理解、そして家族の支えを胸に」

26歳で糖尿病を発症した時、「近視の人が眼鏡をかければ普通に生活できるのと同じように、糖尿病の患者さんもインスリンでコントロールすれば健康に生活ができる」と主治医に言われました。その言葉が今でもとても印象的です。それでもやはり、低血糖の危険にたびたび遭遇しました。でも、会社の同僚や仲間、そして何より家内の支えがあり、今日という日を迎えることができました。糖尿病のことを学び、苦難を乗り越えていく中、糖尿病の啓蒙に駆られ、「克己息災」という言葉を創りました。同じように治療を続けている方への自制と勇気の念になれば嬉しいです。現在は、囲碁や俳句に親しみ、またかつては糖尿病に関する投書が日本経済新聞に掲載されたことがありました。
妻と子供たち、さらに低血糖を起こす危険を抱えていることを知りながらお付合いくださった友人・知人・同僚の皆さんに感謝したいです。また、1921年にインスリンを発見し2年後にノーベル賞に輝いたフレディリック・バンティングとチャールス・ベストの両人、さらにはその後インスリンを進化させた数多くの研究者に敬意を表したいです。

西浦 奈美代 様
1932年生まれ/ 東京都在住/ インスリン治療歴50年/ 2型糖尿病


「インスリン治療が、生きる時間の大切さを教えてくれた」

糖尿病と診断されたのは、29歳の時。長女出産後、たちくらみや蕁麻疹に悩まされ、身体の不調を感じ始めた矢先、低血糖を起こしたことで、糖尿病の発病が確認されました。生涯に渡り注射生活を送らなければいけないと分かった時は、「生きられる時間を大切にしなくてはいけない」と感じました。糖尿病であることで、昔だったら生きられていなかったかもしれないけれども、医学の進歩のおかげで、生きられていること自体が本当にありがたいことだと思うようになり、それからは目先の利益やささいなことに心を動かしたりせず、自分の好きなこと、美しいものを追い求める生活を送れるようになりました。
一番大変だったのは、長男の出産です。子供に影響がないかとたいそう不安でしたが、入院先の産科医長や助産婦さん、そして小児科医である夫の父に見守られ、帝王切開でなんとか出産しました。無事に生まれた息子は、「お宝坊や」だと今でも思っています。現在は刺繍の作品づくりをライフワークとし、自宅で刺繍教室も開いています。主治医の先生と日々の血糖コントロールに励みながら、心優しい主人とこれからも充実した毎日を送っていきたいと思います。

溝口 うめ 様
1913年生まれ/ 愛知県在住/ インスリン治療歴51年/ 2型糖尿病


「100歳までインスリン治療が続けられているのは家族の存在のおかげ」

49歳で発症し、100歳を迎えた今年でインスリンとの付き合いは51年になります。負けず嫌いで、やると決めたらとことんやる性格なので、90歳まで自分でインスリン注射をしていました。また、糖尿病に関する勉強にも取り組み、日々の自己管理に努めたため、合併症にかかることはありませんでした。60歳を迎えたあとは、インスリン治療を続けながら、マッサージの専門学校に通い、資格を取得。そこで得た健康に関する知識などをもとに食事療法や運動療法などにも取り組み、元気に過ごしています。50年間にわたるインスリン治療の励みは、家族の存在です。正月やお盆には親族一同が集まり、子どもや孫たちから元気や勇気をもらっています。家族の支えと負けず嫌いな性格もあって、現在糖尿病とともに100歳まで生きることが出来ており、愛知県からも長寿100歳祝いをいただけました。

和田 力雄 様
1944年生まれ/ 和歌山県在住/ インスリン治療歴50年/1型糖尿病


「19歳からのインスリン治療が健康な人と同じ生活を送る喜びを与えてくれた」

糖尿病と診断されたのは、19歳の時。兄の運送会社で、長距離トラック運転手として働いていた夏、24時間にわたり喉の渇きを感じ、その影響で不眠にも陥り、2ヶ月で体重が12kgも減少しました。外来受診後、糖尿病と診断され、即入院となりました。100日にわたる入院生活で、食事は大きな豆腐1丁と少しの白米とおかずだけ。とても心細かったのを覚えています。でも、インスリン注射のおかげで、やがて喉の渇きや身体のだるさもなくなり、仕事もできるようになり、健康な人と同じ生活をできる喜びを感じられるようになりました。その後インスリン治療に専念すべく、実家の酒屋の支店を開店し、自営業の道を選びました。主治医の先生の支え、そして、看護師であった家内と、3人の娘たちからの理解により、充実した今を迎えることができました。
50年前のインスリン治療は、ガラスでできた注射器で直径1cm、長さ6cm。針は太く、長さは3cmもありました。毎回、煮沸消毒が必要で、針は何度も使用するため、皮膚に刺すことができなくなり、その痛みがとても辛くて大変でしたが、今では非常に進化したと思います。これまでずっと共に喜び、励ましの言葉をかけてくださった先生へのプレゼントとして、ヘモグロビンA1C数値の数値をもう少し下げることが目標です。

イーライリリー・アンド・カンパニーの糖尿病事業について

イーライリリー・アンド・カンパニーは1923年に世界初の商業用インスリンを開発して以来、糖尿病ケアの分野において常に世界をリードしています。現在もなお、研究開発や事業提携を通じて、幅広い製品ポートフォリオの充実と糖尿病領域へのたゆまぬ企業活動の継続による実質的なソリューションの提供により、糖尿病を患う人々の様々なニーズにおこたえすることを目指しています。薬剤開発やサポートプログラムそして更なる活動を通じて、糖尿病患者さまの生活をより豊かなものにするお手伝いをしてまいります。

日本イーライリリー株式会社について

日本イーライリリー株式会社は、イーライリリー・アンド・カンパニーの子会社で、革新的な医薬品の輸入・開発・製造・販売を通じて日本の医療に貢献しています。統合失調症、うつ、双極性障害、注意欠陥・多動性障害(AD/HD)、がん(非小細胞肺がん、膵がん、胆道がん、悪性胸膜中皮腫、尿路上皮がん、乳がん、卵巣がん、悪性リンパ腫)、糖尿病、成長障害、骨粗鬆症をはじめとする、ニューロサイエンス領域、がん領域、糖尿病領域、成長障害領域や筋骨格領域における治療法を提供しています。詳細はホームページをご覧ください。www.lilly.co.jp