第13回受賞者発表

~11月14日は「世界糖尿病デー」~
インスリン治療を50年以上継続している糖尿病患者さんを顕彰
第13回「リリー インスリン50年賞」 11名の受賞者を発表

日本イーライリリー株式会社(本社:兵庫県神戸市、代表執行役社長:パトリック・ジョンソン、以下、日本イーライリリー)は、インスリン治療を50年以上継続されている糖尿病患者さんに敬意を表し顕彰する、第13回「リリー インスリン50年賞」の授賞式を11月5日(木)に開催しました。

第13回となる本年は、男性6名、女性5名の合計11名の方が受賞されました。そのうち6名の方が授賞式に参加され、50年以上にわたる道のりを振り返りながら、家族や主治医など周囲の方々からの多大なるサポートへの感謝や他の糖尿病患者さんへの励ましなど力強くお話されました。受賞者の皆様には、ご本人のお名前を刻印した特製メダル(純銀製)と、世界糖尿病デーのシンボルカラーである青いバラが贈られました。

授賞式にご臨席頂いた日本糖尿病学会理事長で東京大学大学院医学系研究科 糖尿病・代謝内科 教授の門脇 孝 先生は、受賞者の方々に祝辞を述べられるとともに、「明るく前向きに糖尿病としっかり向き合ってこられた受賞者の皆様のこれまでの努力が今日という日につながったことに大変感銘を受けました。本日受賞された皆様の50年という歴史とその存在は、日本の100万人を超えるインスリン治療中の糖尿病患者さんに、大きな勇気と希望を与えるものと確信しています。」と述べられました。また公立昭和病院 内分泌・代謝内科 部長の貴田岡 正史 先生は「インスリン治療を始めてから50年、さまざまなご苦労があったと推察いたします。本日、受賞者の皆様の50年の歴史をお伺いし、そのご苦労と継続的な努力、それに常に寄り添ってこられたご家族や主治医の先生方に深い敬意を表します。」と述べられました。

本イーライリリーは今後も、治療薬の提供だけではなく、「リリー インスリン50年賞」や情報提供等の活動を通じて、糖尿病と日々戦う患者さんに寄り添い、糖尿病治療におけるベストパートナーを目指してまいります。

リリー インスリン50年賞 表彰式

※写真に写っているのは、報道関係者様への情報公開をご了承頂いた受賞者の皆さんになります。

「リリー インスリン50年賞」とは

インスリン治療を50年以上継続されている糖尿病患者さんの長年のご努力をたたえることを目的に、1974年に米国で始まりました。これまでに米国を中心に世界で1,500名以上の患者さんが受賞されており、日本でも2003年の表彰開始以来、第13回を迎えた本年度までで88名の患者さんが同賞を受賞されています。
毎年、表彰式は世界糖尿病デー(11月14日)を前に開催しており、受賞者の皆様には、ご本人のお名前を刻印した特製メダル(純銀製)と、世界糖尿病デーのシンボルカラーである青いバラを贈呈しています。

日本イーライリリーは、「リリー インスリン50年賞」を受賞された患者さんが、インスリン治療を継続する全ての糖尿病患者さんに勇気と希望を与え、治療に前向きに取り組む上での目標となることを願っています。

第13回「リリーインスリン50年賞」受賞者プロフィール

※50音順になっております。
※大野様、小森様、齊藤様、高取様、高橋様、松本様には授賞式にご参加いただきました。
※報道関係者様への情報公開をご了承いただいた患者さんのみご紹介しています。
※受賞者プロフィールの内容は、患者さん個人としての見解です。

青木 みき子

青木 みき子 様
インスリン治療歴50年/ 1型糖尿病/1940年生まれ/静岡県在住


15歳で発症しました。喉の渇きに耐えきれず、近くの病院へ駆け込み診察してもらうと、「長く生きられてあと10年」と言われ大きなショックを受けました。そんなとき若手の先生から「僕が病気を治してあげる」と心強いお言葉をもらい、先生に出会えてよかったと心から嬉しく思いました。その後も色々なことを教えてもらいました。翌年先生が20代という若さで亡くなられたことを聞いたときには絶望し悲しみにくれましたが、周囲の方々に支えられ、亡くなった先生もお星さまとなって見守ってくれていると思い、糖尿病と向き合うようになりました。多くの友人や主治医の先生にも恵まれ、ここまで長生きができています。感謝してもしきれない思いです。
糖尿病治療において、食事と運動は大事だと思います。運動は毎日朝と昼30分ずつ欠かさず行っています。

大野 盛男

大野 盛男 様
インスリン治療歴50年/ 1型糖尿病/1946年生まれ/埼玉県在住


高校入学後、喉が渇き多尿になり体重もみるみる落ちていき、高校2年生で糖尿病と診断されました。それほど気にすることも無くそのうち治るだろうと思っていましたが、飲み薬が次第に効かなくなり体調が悪化して入院することになりました。そこからインスリン治療を開始し、食事にも気を配るようになりました。甘いもの好きで、特に饅頭が大好物でしたが、甘いものを控えるように言われ一切食べられませんでした。結婚と同時に卓球場・卓球用品販売の仕事をはじめ、「俺は50歳までしか生きられないだろうから・・・」と夫婦で仕事に頑張って来ましたが、今では子どもと孫にも恵まれました。これからは仕事を引退し、夫婦で仲良く海外旅行を満喫したいです。
糖尿病であることを隠す必要はありません。隠すような悪いことはしていないし隠すことはストレスになるので、隠さないといけないような環境はなるべく避け、苦しまないことが大切です。
糖尿病を発症した年がちょうど東京オリンピックの年でしたので、2020年の東京オリンピックは夫婦で応援に行きたいです。

小森 美加子 様
インスリン治療歴50年/ 1型糖尿病/1961年生まれ/福岡県在住


五島列島の宇久島で暮らしていた4歳の時、近くの病院で糖尿病と診断されました。一度は「長くて2カ月の命でしょう」と先生から宣告されたことがありましたが、母親が多くの人に相談し紹介してもらった新しい病院で、体に合った治療をはじめました。小学校では、低血糖時に備えて飴などを持参していましたが、同級生から「ずるい」と非難されたり、当時は先生も糖尿病への理解が低くてあまり良い目で見られなかったりしたので、低血糖になりそうな時はいつも隠れて食べていました。
17歳で網膜症を発症し、高校を卒業する頃には目がほとんど見えなくなりました。腎臓も悪くなりその後透析を受けることになりましたが、病気をきっかけに様々な出会いがあり、友達もたくさんできました。今では多くの時間を共に過ごす友人に巡り合うことができ、これからも一緒に平穏に生活をしていきたいです。
“明るく、楽しく、元気良く”という言葉が好きで、あまり病気の事は気にしないようにしています。

齊藤 茂 様
インスリン治療歴50年/ 1型糖尿病/1953年生まれ/埼玉県在住


小学校6年生で糖尿病と診断されました。当時、小児糖尿病は極めて珍しかったため、即インスリン治療とはならずになぜ糖尿病になったのかを調べる様々な検査をされました。学生時代は入退院の繰り返しで、小学校の卒業式と中学校の入学式には出席することができませんでした。当時はインスリン注射のため朝夕2回の通院が必要で、学校行事も制限され、小学校・中学校・高校の修学旅行は全て欠席でした。大学入学後、自己注射を行うようになってからは生活の自由度がはるかに増し、クラブの合宿や旅行にも参加できるようになりました。
大学卒業後はシステム開発の仕事につき、仕事のやりがいが生きる励みになりました。32歳で結婚し、今では2人の子どもも成人したので、夫婦でクルーズ旅行に行くことを目標にして、幸せに生活しています。

高取 たつみ 様
インスリン治療歴50年/ 1型糖尿病/1960年生まれ/福岡県在住


6歳からインスリン治療を続けています。何事にもチャレンジしたい性格で、10歳の頃から自己注射をはじめました。中学校に入ってからはピアノの魅力に惹き込まれ、演奏しているときは病気のことを忘れ夢中になることができたので、その後もずっとピアノを続けました。有名な先生に教わり、高校卒業後もピアノ講師や結婚式の演奏などの仕事に就きました。治療にあたり、やりがいを見つけることは、病気の事を忘れられるし、生きる励みにもなると思います。
50年の治療の中で、34年間主治医をしてくださった先生の存在。私の想いを聞いてくださったり、入院中付き添って下さったり、結婚式にサプライズで来て下さったり、色々な面で助けていただきました。
旦那さんとは中学の同窓会で再会し意気投合しました。病気について勇気を出して打ち明けたところ、「たつみちゃんには変わりないよ」と、とても優しい言葉をもらい、今では愛犬と三人で幸せに生活しています。

高橋 哲雄 様
インスリン治療歴50年/ 1型糖尿病/1935年生まれ/愛知県在住


30歳で発症しました。この賞の存在を知ってから、「50年賞のステージで、ピースサインで写真を撮ること」と受賞を目標に歩んできました。
糖尿病と診断された30歳の時は結婚して2年目、長女が誕生して1年目と最も幸せな時だったので、突然現れた病魔に人生がどうなるのかと不安を覚えました。その3年後には地元の室蘭から名古屋へ転勤することになり、当初は見知らぬ土地で頼る人がいない環境はとても辛かったのですが、“やりがいのある仕事”と“仲間との付き合い”を、糖尿病とともに歩む励みにしてきました。会社を定年退職後は、糖尿病を友として上手に付き合う勉強を重ね、その知識を一人でも多くの方に伝えようと本を出版しました。多くの経験から、糖尿病と歩んでおられる方々に勇気を与えるため、3冊目の本の出版を目標に元気に過ごしています。
「自分の病気に対する知識を学ぶこと」、「自分の望む医療を受けること」、「自分の決定に責任を持つこと」。この3つの理念を実行すれば糖尿病と向き合うことができると思います。

松本 浩一 様
インスリン治療歴50年/ 1型糖尿病/1953年生まれ/茨城県在住


12歳からインスリン治療を続けています。当時は小児糖尿病があまり知られていなかったため数々の病院をまわり、今でも通院している病院にてようやく糖尿病と診断され、即入院となりました。入院後数日で糖尿病昏睡を引き起こし死と直面しましたが、幸い適切な治療のおかげで命を取りとめることができました。中学・高校時代は糖尿病のことで心ない言葉をかけられることもありましたが、家族の支えがありそれほど気にすることはありませんでした。今では素敵な妻と二人の娘に恵まれ、仕事では糖尿病に理解のある同僚に巡り合うことができ、とても幸せです。周りの方に支えられて過ごせていることに本当に感謝しています。
年に2回は家族旅行に出かけており、その時間がとても幸せな時間です。かつての主治医の先生から教えていただいた「ストレスを溜めないこと」、「何でもチャレンジすること」という考え方を今でも大事にしています。

山内 宗広 様
インスリン治療歴53年/ 1型糖尿病/1957年生まれ/沖縄県在住


5歳の頃からインスリン治療を開始しました。スポーツが好きで高校2年の頃からゴルフを始め、一時はプロをめざしていました。父親に「プロにはなれるかもしれない。でも体力的に厳しいからアマチュアでゴルフを楽しんだほうが良い」と言われ悔しい思いで断念しましたが、今はその決断は正しかったと思います。
21歳のとき、入院中に急性肺炎を起こして主治医から「今夜が山です」と家族に告げられたこともありました。当時28歳までしか生きられないと告げられていた家族は、誕生日を迎えるたびに別れが近づいているようで辛かったそうです。それでも糖尿病に負けない強い気持ちで、合併症もなくここまで元気に楽しく過ごしてきました。これからも強く熱い気持ちで様々なことにチャレンジを続けたいです。
治療を続けるためには、色々なことにチャレンジして失敗もし、自分の体を知ることも大事。やりたいことをして、好きなものをほどほどに食べ、ストレスを溜めないようにしたほうが良いと思います。

過去のプレスリリースはこちらから

世界糖尿病デーとは

拡大を続ける糖尿病の脅威を踏まえ、2006年12月20日、国連は国連総会で、国際糖尿病連合(IDF)が要請してきた「糖尿病の全世界的脅威を認知する決議」を加盟192カ国の全会一致で可決しました。同時に、従来、IDFならびに世界保健機関(WHO)が定めていた11月14日を「世界糖尿病デー」として指定しました。IDFは決議に先駆け、”Unite for Diabetes”(糖尿病との闘いのため団結せよ)というキャッチフレーズと、国連や空を表す「ブルー」と、団結を表す「輪」を使用したシンボルマークを採用。全世界での糖尿病抑制に向けたキャンペーンを推進しています。

(出典:World Diabetes Day Committee in Japan www.wddj.jp/01_howto.htm

イーライリリー・アンド・カンパニーの糖尿病事業について

イーライリリー・アンド・カンパニーは1923年に世界で初めてインスリン製剤を開発して以来、糖尿病ケアの分野において常に世界をリードしてきました。現在も、糖尿病患者さんやケアを行う人々の様々なニーズに応えることで、この伝統を築いています。研究開発や事業提携、拡大し続ける幅広い医薬品ポートフォリオ、そして、医薬品からサポートプログラムをはじめとする実質的なソリューションを提供し続けることを通じて、世界中の糖尿病患者さんの生活の改善に努めます。詳細はウェブサイトをご覧ください。

www.lillydiabetes.com

日本イーライリリー株式会社について

日本イーライリリー株式会社は、米国イーライリリー・アンド・カンパニーの子会社で、本年設立40周年を迎えます。人々がより長く、より健康で、充実した生活を実現できるよう革新的な医薬品の開発・製造・輸入・販売を通じて日本の医療に貢献しています。統合失調症、うつ、双極性障害、注意欠如・多動症(AD/HD)、がん(非小細胞肺がん、膵がん、胆道がん、悪性胸膜中皮腫、尿路上皮がん、乳がん、卵巣がん、悪性リンパ腫、胃がん)、糖尿病、成長障害、骨粗鬆症などの治療薬を提供しています。また、アルツハイマー型認知症、関節リウマチ、乾癬、高コレステロール血症などの診断薬・治療薬の開発を行っています。詳細はウェブサイトをご覧ください。

www.lilly.co.jp